ヘルマフロディトスが目覚める時代に

知神ヘルメスと美神アフロディーテの間に生まれたヘルマフロディトスは絶世の美男子であった。

ある時、泉の女精サルマキスがヘルマフロディトスを見初め、誘惑した。ヘルマフロディトスはそれを断ったが、諦めきれないサルマキスは彼が泉で沐浴しているときに襲いかかり、抱きしめた。サルマキスは神々に祈った。二人が二度と離れ離れになりませぬように。

神々はその願いを文字通りにお聞き入れになった。すなわち、二人の体は融合し、両性具有となった。ヘルマフロディトスは悲嘆と羞恥に暮れ、泉に呪いを掛けた――この泉に入るもの、みな我と同じ体となれ……

アンドロギュヌス／アンドロジナスという単語は、肉体的な両性具有のみならず、精神や価値観の両性・中性・無性（あるいは、それらにとらわれないありよう）の意味にも用いられます。錬金術や神学においては「対極にあるものが合わさった完全性」の象徴でもあります。

ヘルマフロディトス神話には両性具有以外にも、青年美、愛欲、性指向・性自認など、芸術家の想像力を刺激するモチーフが多く含まれ、古代ギリシア以来、多くの作品が作られてきました。

今回の展示では、この言葉と神話を核としつつも、そこから連想される幅広いイメージの作品を集めました。展示タイトルの「目覚めるヘルマフロディトス」は古代ローマ彫刻《眠れるヘルマフロディトス》の作品名を改変したものです。眠りについている美しい両性具有像ですが、長く眠りについていたヘルマフロディトスも多様な性を基盤とする現代社会においては今こそ目を覚ますことでしょう。かつて呪いと受け取られたヘルマフロディトスの言葉も、今や新しいあり方を示す祝福となり得るのですから。

文・小林義和（Gallery 幻 代表）