Statement
ホラー映画フリークのアーティストたちが、お気に入りのホラー映画をオマージュした作品を展示いたします。
各作家による映画推薦コメントも掲示。ぜひ展示作品とともに映画との出会いもお楽しみください!
ホラー映画は "怖い映画" なのか?
「ホラー小説は恐怖小説ではなく怪奇小説と訳すべき」という主張をかつて Twitter で読んだことがある。まったくもってその通りだ! 恐怖は戦争映画にもサスペンス映画にもある。場合によっては、恋愛映画にだってある。けれど、そこに怪奇が存在するとき、映画はホラーになる。
恐怖とは何か?
平穏な日常の中へ常識外の不条理(ゾンビ、戦争、殺人鬼……)がじわじわと侵蝕し、緊張が高まっていく。やがて、緊張が限界に達すると人はこらえきれずキャーッ!と叫ぶ。つまり、恐怖とは「緩和が緊張へ変わること」だ。
これとは逆に、緊張が緩和へ変わると「笑い」になる。真面目にかしこまった日常の中へふざけた不条理(ボケ、変顔、下ネタ……)が侵入し、緊張が緩む。やがて、緩和が頂点に達すると人はこらえきれずアハハッ!と吹き出す。恐怖と笑いは表裏一体。行ったり来たりする不条理の振り子。
じゃあ、怪奇とは何か?
おそらく——不条理の振り子が行ったきり戻らなくなること。つまり、恐怖による緊張をもとの緩和へ戻すことができないとき、人はその原因を怪奇と呼ぶ。
例えば、ホラーではなくミステリーの場合。殺人事件によって生じた緊張は、事件解決によって緩和した日常へ戻される。人命は戻らないが、社会はもとの日常をとり戻したかのように振る舞う。けれど、それがホラーならどうか? 殺人やその原因(ゾンビ、殺人鬼、旧支配者……)が排除されたとしても、世界はもとの日常へは戻れない。この世界はもう、常識の理解を超えた新たな世界線に変わってしまったんだから!
これは社会学者の宮台真司が言うところの娯楽と芸術の違いに当てはまる。「娯楽 Entertainment 」は日常生活に疲弊した人を癒やし、鼓舞し、活力を取り戻させ、もとの日常へと戻す。一方で、「芸術 Art 」は二度ともとには戻せない変化を人にもたらし、永遠に価値観を変えてしまう。
コワイエイガという誘惑
ホラー映画だけが怖い映画ではない。しかし、ホラー映画の恐怖は癒せない聖痕を鑑賞者の首筋に負わせる。そして、怪奇に魅入られたものは自らもまた怪奇そのものとなって次なる犠牲者を探す。
ホラー映画の登場人物は恐怖に怯えながらも、ときに自ら怪奇を望んでいるかのように見える。とっくに気づいているのだ——日常が、そして自分自身が、もともと壊れていたと。怪奇はそれを暴くだけだ。そう、わたしたちは初めから怪奇そのものだった! ならば、もとに戻せるわけがない!
今やあなたは目を背けていた誘惑から逃れることができない。怪奇に出逢って自らが変容するということの、なんと恐ろしくも甘美な快楽であることか……!
文・小林義和(Gallery 幻 代表)
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販売期間:3月8日(日) 20:00 - 3月15日(日) 19:00

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