かつて寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と記した。だが、いま私たちは逆に町を捨てよと自粛を要請されている。芸術が待つ町へ私たちが出られないのであれば、芸術の方こそが私たちのもとへ来なければならない。私たち一人ひとりのもとへ、手紙のように、あるいは二枚のマスクのように芸術が届けられなければならない。
しかし、本当の意味で「町を捨てる」とは外出しないことではない。町が持つ予測不能なハプニング性を捨てること。そして、あらかじめ定められた書のような安全な必然性のみに耽ることである。芸術は(少なくとも美術展のような展示芸術は)オンライン上の画像や通販ですべて代替することはできない。芸術は書の必然性とともに町の偶然性も持つのだから。
私たちは町を捨てよと求められた。だが、町の偶然性、芸術が持つ即興的な出会いまでは手放さない。誤配された手紙のように観客の手のひらの上で美術展を開き、芸術との濃厚接触を起こすのだ。
(Gallery 幻 代表・小林義和)